入賞作品

試練を乗り越えるたび、絆は深まっていくを地で行くおふたりですね。旦那様からのサプライズプレゼント、奥様はどんなにうれしかったことでしょう。その様子が目に浮かびます。この先も喧嘩しながら末永く仲良しで!

「トラブルもどんとこい」

ペンネーム:熱風さん(36才、埼玉県在住)

私達のハネムーンは、沖縄挙式の後、石垣島リゾートでのハネムーンでした。

石垣島のリゾート
(写真はイメージです)

2月中旬、日本列島に寒波がきており東京は雪、沖縄だって寒いし、天候不順。思い起こせば、2人でリゾートという所に出かけると、たいてい天候が悪い。彼女は晴れ女だし、私も雨男ではない、過去に友達といったリゾートは悪くなったことはない。そもそも、結婚式自体も、身内の不幸があり、1年遅れていた。

1日目、昼間の予定は、屋内関係にしてこなせたもの、結婚1週年記念のイベントとして予約した、クルージングは当然できない。挙げ句の果てに、私の体調は崩れ、熱がでてしまった。

2日目、妻もイライラしていたのだろう、ちょっとしたことで口論になり、大げんかに発展。このまま、成田離婚ならぬ、羽田離婚か?

3日目からは、天気も回復し、昼間の日程をこなすが、相変わらずのムクレ顔。帰ってきた夜、リビングに入ると花が。頼んでおいた、1周年の花が届いていた。顔をみると満面の笑。「あーこの顔に惚れてプロポーズしたのだっけ」妻の機嫌もなおり、それ以降は日程をこなし、羽田離婚はなく、無事家にたどり着く。

今年で3年目、妻が、入院することになり、その関係でよく喧嘩をするが、ハネムーンの時の笑顔が思い出され、仲直りをする。

踏んだり蹴ったりであったが、私にとっては、妻との絆を強くしたハネムーンであった。

その他の応募作品

イメージとは違った旅、異国での大ゲンカ、そんな試練もいまではきっと大切な思い出…そんなエピソードを集めました。

ハネムーンは緑色

ペンネーム加賀美ころさん(44才、北海道在住)

その夜私は思っていた。

夫よ、ハネムーンにライダーハウスはどうなの?

三段ベットの二段目。上に夫、下には一人旅の女の子が風邪で寝込んでいる。

札幌を出て屋久島まで車で二十日あまり。節約のため車中泊がほとんどで、手足を伸ばして寝るのは気持ち良かったが、トイレに行くにもはしごの登り降りで足がつる。そんな足で、明日は登山の予定なのだ。有名な縄文杉までは、片道でも四~五時間は歩くという。最高点の宮之浦まで登ったことのある夫はいいが、唯一の運動が「通勤」という私にはには果てしない距離ではないか。外の陽気なウクレレも空しく、ひたすら憂鬱(ブルー)になっていく私だった……

屋久島は、緑の島と言ってもいい。コケに覆われた森は、抹茶をたっぷりかけた蕨もちのようにしっとりと鮮やかだ。鹿がすぐ側まで葉を食べに来て、人なんか気にもしない。彼らが行くまでのんびりと待つ。歩いて、歩いて、歩いて、ヘリで救助される妄想を繰り返すほど疲れ切った頃、やっとたどり着いた縄文杉。その大きさ。存在感。歩き切った人だけが感じる神の木のオーラ。やった。『お疲れ様』の声が温かい。

足の痛みを堪えて下山すると、すぐに温泉に向かう。ついたても何もない、浜辺にコンクリートの湯船という、シンプルイズベストな温泉だ。普段なら遠慮するところだが、帰宅が遅く宿のお風呂に入りそびれた。薄闇に紛れて夫の隣に体を沈めると、柔らかな湯に包まれる。体が軽い。夫が指さす先を見ると、一つ二つ、緑色の光が点滅している。初めて見る蛍だった。

島に移住した友人は、この島で暮らしてから旅行したいと思わなくなったと言う。なるほど。緑の中にいたせいか、いつの間にか、私の憂鬱(ブルーも)消えてしまった。

最高のハネムーン

本間 晴香さん(24才、静岡県在住)

幼い頃の新婚旅行のイメージは、結婚してすぐにウエディングドレスとタキシード姿のまま大きな船に乗って皆に見送られながら行くものだと思っていた。一体どうしてそんな風に思っていたのか、今となってはわからない。でもそう信じてやまなかった。

月日は流れ、自分が結婚したら新婚旅行に行く間もなく妊娠。辛い悪阻を乗り越え、安定期に入った頃だった。

「新婚旅行に行こうか。」

二二歳年上の主人の一言で、私たち夫婦は新婚旅行へ行くことになった。

旅行前日に私はお弁当を作り、次の日の早朝車で出発。約四時間主人の運転する車に揺られて、隣りの長野県のパワースポットへ。山道を駆け抜け、車内で朝日を浴びて目的地へ向かった。

山の中の目的地は、着いてみれば工事中。仕方がないので、近くの河原で主人と私は二人並んで私の作ったお弁当を食べた。太陽の光が優しく私たちの頭上から暖かな光を注いでくれる。

桜の季節だったからお花見に行こうと思ったが、どこも車が先の見えない長い列を作っていた。観光ガイドを家に忘れてしまったため、主人の車についている十年前の古いカーナビで近場を回ることに。長野の春は寒いかもしれないと厚着をして行ったら、その日は初夏並みの気温。汗かきの主人はタオル片手に、私は一枚服を脱いで観光地を歩いた。一日終わる頃には、二人とも汗だく。ホテルに着くなり直ぐお風呂に入り、ごはんも早々に済ませて二人揃って朝まで爆睡した。

想像していたものとは、あまりにも違っていた私の新婚旅行。ハプニングばかりだったけど、彼と結婚して初めて二人きりで行った長野県。豪華でなく行き当たりばったりだったけど、私の頭と心にはしっかりと二人だけで過ごした時間が刻まれた。私にとっては最高のハネムーンだったし、一生の宝物になった。

喧嘩の思い出

高田伸彦さん(51歳、大阪市)

お互いに何を言ったら喧嘩になるのかといった「距離感」をきちんと把握できないまま僕たちは結婚した。

当然いつも喧嘩ばかり。ただ、どちらかが謝り、相手が許せばまた「仲良し」になるので、離れられないまま、時が来て結婚することになった。

新婚旅行先はイタリア。フィレンツィエからヴェネツィアに入り、ローマに向かう旅だった。

最初の数日は2人とも喧嘩をしてはいけない、せっかくの旅行が台無しだ、と思っていたこともあって仲良く旅をしていったが、最後のローマの夜にその緊張がとけてしまった。地元のおいしいビストロで夕食をとった後、バールに寄ってちょっと一杯引っ掛け、ホテルに戻ったのだが、その一杯がいけなかったのかもしれない。何が理由かもう忘れてしまったが(たいしたことではなかったのだ、きっと)、喧嘩になり、奥さんは「こんなのもうイヤ!」と叫んでホテルを飛び出してしまった。

深夜のローマである。知らない街である。

ほうっておくわけにもいかず、僕もホテルを飛び出し、後を追いかけた。

奥さんはローマの街路を走り、僕が追いかける。静かなローマの街に、足音がこだまする。

僕が「待てよ!」と叫び、奥さんが「×××!」と何だかわからないけれど怒号する。その声がこれまた静かなローマの街にこだまする。

やがて、奥さんは走りつかれたのか、古代ローマの建築遺跡の石段のところに座ってしまったため、やっと僕は追いつくことっができた。

とにかくホテルに連れ帰らなければならないので、謝る謝る。しかし奥さんの怒り覚めやらず、大きな声で僕をののしるののしる。

しばらくそのやり取りをしていたら、石段の上のほうからイタリア語(多分)で、怒鳴り声が聞こえた。

ローマのホームレスさんが石段の上のほうで寝ていて、僕たちはその眠りを妨げてしまったようだった。

その怒鳴り声で僕たちは首をすくめ、そして何となく立ち上がってホテルに二人で戻っていったのだった。

「いい思い出」ではないにしろ、新婚旅行というと、あの深夜のローマでの追いかけっこと、ホームレスさんのイタリア語の怒声を思い出す。



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